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【ヤマハ初Vおめでとうございます!】
28日は国内シーズンファイナル、日本選手権決勝の取材でした。
春の日差しの中、秩父宮ラグビー場、約1万5000人のファンが見守る中で行われた試合は、
ヤマハ発動機が15-3でサントリーを破り、初の優勝を飾りました!
おめでとうございます!

 
1981年に創部。
精力的に強化を進めながら、必ずしも順調に結果がついてきたわけではありませんでした。
しかし、トップリーグ発足前年の2002年度、関西社会人リーグで初優勝を達成。
2003年度のトップリーグ元年はリーグ戦3位。翌2004年度は2位。マイクロソフト杯準優勝。
トップリーグの強豪の一角を占め、有力選手も順調に獲得。頂点を掴むのは時間の問題と思われていました。
ところが2009年、リーマンショックによる世界不況の影響で、活動縮小。
間もなく「強化継続」の決定は下ったものの、部員は激減し、2010年度には入替戦も経験しました。
そんな、ロング&ワインディングロードを経ての、王座獲得です。
 
僕は、ヤマハ草創期に早大からヤマハ入りした戸沢孝幸さん、後藤禎和さんと個人的に縁があったこともあり、割と初期からヤマハを注目してきました。フランスから帰国した村田亙さんが加入後は磐田へ通う機会も増え、2005年に『奇跡のラグビーマン 村田亙』(双葉社)を書いた際は、特に何度も磐田へ通いました。ヤマハスタジアムは、仙台のユアテックスタジアムとともに、僕が最も好きなスタジアムのひとつです。
 
2009年11月に強化縮小が発表されたあと、ヤマハスタジアムで行われた初めての試合が、サントリー戦でした。
そのとき、磐田を訪れたサントリーの清宮克幸監督は「初めてここに来ましたが、素晴らしいスタジアムですね。ぜひ、来年以降もここで試合をしたいです」と、存続するかどうかも分からなかった敵チームにエールを贈りました。
あえて(確信犯的に)、自ら憎まれ口を叩くことが多い清宮監督ですが、この言葉は、僕が聞いた中で清宮監督のベストコメントです。震えたなあ。
その2ヶ月後、清宮監督は日本選手権初戦敗退の責任をとって辞任。
その1年後、入替戦で九州電力に12-10で競り勝ってTL残留を決め、今度は本格的に強化を継続すると決めたヤマハ発動機の監督に請われて就任。それから4年後に、ヤマハは初めての全国タイトルを獲得しました。
今回、決勝の相手がサントリーだったことには、不思議な因縁を感じてしまいます。

 
だけど、今日の取材で、一番心に響いたことは別にありました。
清宮監督招聘に動いたと言われる大田尾竜彦選手に話を聞いていたときです。
入替戦から4年で、よくここまでこれたね、という話になりました。
大田尾選手は言いました。
「大事なのは、諦めないってことだと思う。
僕らも入替戦に行ったりしたけれど、諦めないで頑張ってきたら、ここまでこれた
だから、今シーズン、入替戦を戦ったチームも、頑張ったらここまでこれる。諦めないでほしいですね」
その言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立ちました。
やっとの思いで悲願の優勝を達成した、その試合直後に、かつての自分たちと同じような辛い思いに直面している(かもしれない)他チームの仲間にシンパシーを贈る。
大田尾選手、人間がでっかいなあ!
今回のヤマハの優勝は、清宮監督の手腕ばかりがクローズアップされがちだと思うけれど、こういう選手たち、スタッフたちの存在、熱意が、チームを支え、存続させ、強くして、今日にたどり着いたのだと思います。

ヤマハの選手・清宮監督をはじめとしたスタッフ、OBの村田亙さんや木曽一さん、四宮洋平さんら、創部から34年、これまでのヤマハの歴史に関わったすべてのみなさん、とりわけいつも熱い声援を送ってくださったサポーターのみなさん、おめでとうございます!


いつも僕らの取材に対応してくださった広報の長谷川仁さんはじめ、歴代のマネージャー、主務副務のみなさん、ありがとうございました。みなさんの苦労が報われましたね!
 
【サントリー力尽く】
敗れたとはいえ、サントリーも立派な戦いを見せました。トップリーグで5位に回ったため、ワイルドカードから6連戦でした。本当にすごいことです。
最後の決勝はFB有賀選手、FLツイ選手が準決勝の負傷で欠場。
大黒柱の真壁主将も後半、すねを痛めて途中退場しました。
「公式戦20試合、サテライトを入れると46試合、選手たちは本当によくやってくれた。誇りに思います」と大久保監督は言いました。
永遠に勝ち続けるのは不可能。
「その中で、今日でた若いBKが、3年後4年後に強いチームを作ってくれるでしょう」

 
(松島選手、きょうは走り足りなかったかな。タックルで止めるのは五郎丸選手。低いタックルが炸裂していました!

酷暑の8月第3週に始まったTLから、秋を経て、冬を越え、春の日差しの中で迎えたシーズンファイナル。
両チームのみなさん、本当にお疲れ様でした。
短いオフを満喫してください!
 
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  • プロフィール

    20110608-otomo.jpg

    大友信彦
    (おおとものぶひこ)

    1962年
    宮城県気仙沼市生まれ


    早稲田大学第二文学部卒業。
    1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』で活動。
    '87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

    ラグビー専門ウェブマガジンRugbyJapan365スーパーバイザー。

    『再起へのタックル』(洋泉社)
    『ザ・ワールドラグビー』(新潮社)
    『奇跡のラグビーマン 村田亙』(双葉社)
    『釜石ラグビーの挑戦』(水曜社)

    など著書多数。

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