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【TLオールスター@岐阜長良川】
8日は岐阜・長良川競技場で行われたトップリーグオールスター
「FOR ALL チャリティーマッチ2015 in岐阜 supported by バローグループ」
へ行ってきました。
2009年3月に花園で初開催されて以来、福岡レベスタ、瑞穂、仙台、和歌山で開催されたオールスター、昨年は開催されなかったのですが、今春は2年ぶりに開催されました。

 
会場となった岐阜メモリアルセンター長良川競技場は、熱いくらいの日差しが降り注ぐ快晴でした。

 
グリーンチームのウォーターボーイは超でかい人と超速い人の組み合わせ!
 
試合前の円陣には、エスコートキッズも参加します

 
キックオフは古田肇・岐阜県知事が蹴りました。

 
野球の始球式と違って、試合はそのままスタート。
密集に巻き込まれないように、知事は必死に逃げます。

 
試合は、まあ、花試合です。登録25人、入替は自由。
それでも、随所にトップリーグの激しさ、強さ、技術の高さ……は現れます。
 

この日、前半の主役となったのは、五郎丸選手……
 

からキッカーの座を奪った瀧澤選手。

みごとにキックを決めます。顔がよく見えます。
 
両チーム最年長にして来季も現役続行、39歳のLO馬屋原選手(NTTコム)も俊足を飛ばしてトライ!鉄人です。
 

ハーフタイムには、眼のケガで今季限りの引退を発表した箕内選手が登場。引退発表から初めて公の場に現れたレジェンドへ、会場から大きな拍手が贈られていました。
 

そして後半の主役はこの人。
 
遠藤幸佑選手は、一昨年の12月に右足に大変なケガを負いました。
つながっていたのは血管と内側靱帯だけ
医師には「この症状は、4割の人が足を切断しているよ」と言われたそうです。
それでも復帰を目指し、手術に踏みきり、長いリハビリに挑みました。
結局、試合への復帰はかなわず、この日、引退を迎えました。
その試合で、見事にトライ。


国際規格の雄大な肉体を持ち、2007年大会のウェールズ戦、2011年大会のカナダ戦、世界の舞台で強烈なトライを重ねてきた大型フィニッシャーのトライに、両チームの選手が駆け寄って祝福しました。
あんまり喜びすぎて、ゴールキックを蹴り忘れてしまうほどでした……。
ビッグウォーターボーイの北川俊澄選手
「自分は泣かない方なんですけど、あのトライのときは、ちょっとやばくて……水を持って行けませんでした」
 
もうひとり、この試合で引退となったのが、箕内選手、遠藤選手とは2007年ワールドカップの戦友である西浦達吉選手。
後半ロスタイム、ハーフタイム付近から抜け出し、次々とタックルをかわしてトライを決めました!


「自分はすごい泣き虫なんで、最後の試合では泣いちゃうかなと思ってたけど、不思議と涙は出なかった。ということは、自分なりにやりきったのかな」
 
試合後、2007年チームで集合写真

 
試合は48-39でオレンジチームが勝利。
そして注目のMVPは……
五郎丸選手でした!


後半26分、屋泥戰鵐献礇潺鵐譽ち手がゴールポスト真下にトライを決めると、ボールを持った五郎丸選手、真ん中のコンバージョンなのに下がる下がる、まだ下がる……
ハーフウェーから直線50mものロングゴールキックをわざわざ狙い、決めてしまいました!
この一撃でMVPを獲得!
さすが、絵になる男です!



出場全選手で記念撮影

西浦選手への花束は後輩の有田選手から

遠藤選手への花束は愛する家族から

箕内選手への花束は、長年ともにJAPANを背負って戦った大野選手から、それぞれ贈呈されました。


3人のほかにも引退する選手が、サニックスの高山国哲選手。立命館大のコーチに就任するそうです。お疲れ様でした。


そのあと、トヨタジャージーに着替えた遠藤選手を、かけつけたトヨタのチームメートが胴上げ!
 
このオールスターは、キャプテン会議の発案で、チャリティーマッチとして始まりました。
3度目、2011年3月6日は、直前に起きたNZカンタベリー地震へのチャリティも謳って開催し、その5日後に東日本大震災が起きました。
翌年、2012年3月25日には、被災地の仙台市、ユアテックスタジアムでオールスターを開催しました。
 
試合後の会見では、グリーンチームのキャプテンを務めた畠山健介選手が、3・11が近づいていることへの思いを問われ
「2019年ワールドカップの試合が釜石で開かれることが決まったので、トップリーグとしても応援したい。できれば、釜石でオールスターをやるとか、それができなくても、何らかの記念試合を釜石でやるとか、できたらいいと思う」
並んでいたオレンジのキャプテン、大西将太選手も
「いい考えだと思う」
と言いました。


せっかくなので、この日の両キャプテンのアイデアを、オールスターの発案者であり執行者であるキャプテン会議の代表、和田拓選手に伝えてみました。
もちろん、キャプテン会議とて、何でも思い通りに決められるわけではない。昨年はオールスターの開催そのものが断念されたほどです。しかし、和田代表の言葉は力強いものでした。
「たとえ難しくても、難しいからやらないんだったら、キャプテン会議の意味もないわけですから。
釜石がワールドカップ会場に決まって、多くの人が関心を持っているし、日本ラグビーにとって特別な場所。何ができるかできないかはすぐに断言できないけれど、何らかの形で、キャプテン会議としても釜石を応援したいと思います」
言葉を選びながらも、強い意志を感じる言葉でした。
 
レジェンドたちが去ったオールスター。
だけど、寂しさよりも、未来への決意を感じる言葉が聞けました。
 
長いシーズン終了後にもかかわらず、身体を張った選手のみなさん、そしてオールスター歴代2番目、通常のトップリーグを超える5382人の観客のみなさん、ボランティアで支えた岐阜県協会のみなさんや高校生のみなさん、ありがとうございました。
トップリーグオールスターは、今年も「幸せな試合」でした!
 
 
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  • プロフィール

    20110608-otomo.jpg

    大友信彦
    (おおとものぶひこ)

    1962年
    宮城県気仙沼市生まれ


    早稲田大学第二文学部卒業。
    1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』で活動。
    '87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

    ラグビー専門ウェブマガジンRugbyJapan365スーパーバイザー。

    『再起へのタックル』(洋泉社)
    『ザ・ワールドラグビー』(新潮社)
    『奇跡のラグビーマン 村田亙』(双葉社)
    『釜石ラグビーの挑戦』(水曜社)

    など著書多数。

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