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【木戸浦先生 死去】

訃報です。

気仙沼市の鹿折(ししおり)少年ラグビースクール(鹿折RS)を創設し、東北のラグビー、少年ラグビーの発展に尽力された校長の木戸浦雄三先生が、27日に亡くなられました。

 

鹿折RSは1974年に設立されました。創立43年目です。

日本代表として2011年、2015年のワールドカップに出場した畠山健介選手をはじめ、数多くの名選手を育てて、日本のラグビーシーンに貢献されました。

送り出した選手の中には、畠山健介選手の2年先輩で、平尾プロジェクト第2期生で、仙台育英が花園4強に進んだときの中心選手だった畠山健選手や、東日本大震災のあと、気仙沼市階上中の卒業式で「天を恨まず、運命に耐え……」という卒業式答辞を読み、文科省の白書に掲載された梶原裕太くんなどなど。現役でも、関東学院大の平舘拓磨選手や、仙台育英から今度日大入りする村上陽平選手ら、これからの日本ラグビーに貢献してくれそうな選手もたくさん控えています。

 

僕自身は、木戸浦先生とのおつきあいは震災のあとですが、本当に温かくて優しい、大きな方でした。

2011年、村田亙さんラグビークリニックで気仙沼へ。前列右から2人目が木戸浦先生です。

 

その2日後、仙台でのトップリーグ試合で、教え子の畠山健介選手の仙台での試合で

 

僕にとっては、同級生や部活の後輩には鹿折RSの卒業生もたくさんいました。

「ラグビーは人作り、仲間作り」

それを本当に実践していた方だったと思います。

 

2012年12月、エディさんのラグビークリニック@気仙沼で、

木戸浦先生がエディさんんを、畠山選手の実家跡地へ案内してくれました

 

2015年ワールドカップでの日本代表の大躍進、畠山健介選手の活躍を、本当に喜んでいらっしゃいました。畠山選手に日本代表全員のサイン入りジャージーを贈られたことを、本当に喜んでいらっしゃいました。2019年ワールドカップの釜石開催決定を本当に喜んでくれて、石巻のキャンプ地立候補も応援してくれて、「気仙沼も一緒に盛り上がるように頑張りましょうね」と話していたところでした。

 

とてもとても残念ですが、2019年には、きっと天から見てくださっているはずです。

天国の木戸浦先生にも喜んでもらえるように、生かされている僕らは精一杯頑張っていくだけですね。

木戸浦先生、平尾さんや上田さんや宿澤さん、ジョナやユーストとも一緒に、どうぞ天から見守ってください。

 

ありがとうございました。

心より、ご冥福をお祈りします。

 

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  • プロフィール

    20110608-otomo.jpg

    大友信彦
    (おおとものぶひこ)

    1962年
    宮城県気仙沼市生まれ


    早稲田大学第二文学部卒業。
    1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』で活動。
    '87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

    ラグビー専門ウェブマガジンRugbyJapan365スーパーバイザー。

    『再起へのタックル』(洋泉社)
    『ザ・ワールドラグビー』(新潮社)
    『奇跡のラグビーマン 村田亙』(双葉社)
    『釜石ラグビーの挑戦』(水曜社)

    など著書多数。

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