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【サンウルブズの日程変更について】

新型コロナウィルスの感染拡大を受け、3月に国内で行われる予定だったスーパーラグビー、サンウルブズの試合が国外に移されることになりました。

27日午後、スーパーラグビーの運営団体サンザーとのテレビ会議を行った、サンウルブズの運営法人ジャパンエスアールの渡瀬裕司CEOがメディアに説明しました。

 

海外へ移されるのは3月8日のブランビーズ戦(花園)と14日のクルセーダーズ戦(秩父宮)。14日のクルセーダーズ戦は政府が求めた2週間のイベント自粛要請期間を外れていますが、翌週からはオーストラリアでレベルズ、ワラタズとの対戦を控えており「1試合のために日本に戻すよりも、選手の健康を考えても現地で活動させた方がいいだろうし、日本で試合をするには相手チームに来てもらわないといけない。試合をやるなら不安なく来てもらえるようにしたい」(渡瀬CEO)という考えから、2試合とも海外に移すことにしたといいます。

 

本当に残念なことです。渡瀬CEOは「苦渋の決断」と言いました。金銭的な損害も大きい。そして何よりサンウルブズの試合を楽しみにしていたファンの気持ち。仕方ないことと分かっていても、スーパーラグビーへのサンウルブズの参戦は今年が(今のところ)ラストイヤー。まして花園では初めてのスーパーラグビー開催だったし……。関西のファンの無念さは、想像するに余りあります……。そして、クルセーダーズはサンウルブズのスーパーラグビー参戦5年目で初めての来日。それもクライストチャーチ地震の2・22と東日本大震災の3・11、両方のメモリアルデーを迎えた時期に日本に迎える。特別な思いでこの試合を見ようと思っていた人もたくさんいたと思います。僕も本当に楽しみにしていました。

 

代替開催地は基本的に中立国または中立地だそうで、そう考えるとブランビーズ戦はNZ、クルセーダーズ戦はオーストラリアのどこかが有力になるのかな。ブランビーズ戦はホームとアウェーを入れ替えることができないかな…とも思いましたが「我々もできればそうしたかったけど、簡単にできることではない。スタジアムが開いているかどうか、準備が間に合うかどうかなどいろいろな要素がありますから」と渡瀬さん。

 

過去には、カンタベリー大地震があった2011年、クライストチャーチで試合のできなくなったクルセーダーズの試合がトゥイッケナムで行われた例がありましたが「まだそこまでの話は議題にも上がっていません」と渡瀬さん。

スーパーラグビーはすべての試合の時間をずらしているため、その時間に試合ができる会場を確保する必要もある。土曜日に組まれていた試合が日曜日に、あるいはその逆のケースもありうるとのこと。代替会場とキックオフ日時は、28日午後までに発表される見込みです。

 

サンウルブズにとっては、前節のレッズ戦から海外6連戦という長期遠征になってしまいますが、選手には「次のワールドカップで決勝まで戦うなら、初戦から6週間で7試合を、すべて海外の環境で戦わなければいけない。もっと長いわけです。サンウルブズにいる選手はそこを目指している選手ばかりですから、ここでこういう経験を積んでおくことは選手にとっては貴重な経験になる。選手には、大久保HCからそう伝えてもらいます」と渡瀬CEO。

「これもスーパーラグビー。先日のチーフス戦では、試合の後、空港に向かうまでずっと秩父宮のロッカールームで時間をつぶして過ごしたし、去年はキャンベラから帰りの飛行機が飛ばずに足止めを食ったこともある。選手にはストレスがたまったと思うけど、予期しないことが起こる中でやっていかなければならない。それはラグビーだけでなく、人生でも起こること。それを経験できるのがスーパーラグビーなんです」

 

状況によっては、さらに遠征が長期化する可能性もあるでしょう。場合によっては、オーストラリアやNZでも感染がどうなるかわかりません。

順調に感染が収束すれば、サンウルブズの次の国内試合は4月5日(日)のレッズ戦(秩父宮)です。開催可否の判断について、渡瀬さんは「2週間ないし10日前が判断のリミットかな」と話し、その時点で感染が広がり続けているのか、収束に向かっているか判断の材料になると示唆しました。

 

遠征が続く選手たちも、留守を預かる選手の家族のみなさんも、タフな状況です。いまはただ、事態の早期収束を祈るばかりです。

 

選手のみなさん、このピンチを、どうか乗り切って、もっともっと強くなってください!ファンも強くタフになりましょう! この経験を糧にした選手たちが、本当に、次のワールドカップで7試合を戦うことを楽しみにしています!

 

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  • プロフィール

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    大友信彦
    (おおとものぶひこ)

    1962年
    宮城県気仙沼市生まれ


    早稲田大学第二文学部卒業。
    1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』で活動。
    '87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

    ラグビー専門ウェブマガジンRugbyJapan365スーパーバイザー。

    『再起へのタックル』(洋泉社)
    『ザ・ワールドラグビー』(新潮社)
    『奇跡のラグビーマン 村田亙』(双葉社)
    『釜石ラグビーの挑戦』(水曜社)

    など著書多数。

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