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【ジャパン歴史作った!】

ジャパンがやってくれました!

ウェールズ戦、23−8の完勝で、ウェールズを破りました!

 

これは、日本代表の対ウェールズ戦13試合目で初めての勝利ですが、いろいろな意味で快挙でした。

まず、欧州(旧)5カ国対抗勢からの勝利は、故・宿沢広朗監督が率いた1989年のスコットランド戦以来24年ぶり。

なのですが、実はこのスコットランド戦は、日本からみれば「悲願のテストマッチ勝利」ですが、スコットランド側は実はキャップ対象試合と認めていない「巡業」試合でした。

 

日本代表のウェールズ戦といえば、先日の釜石ナイトでもプレイバックした1983年のカーディフでの対決を思い出しますが、あの戦いも、あるいは世界に名をとどろかせたトップ選手が勢揃いで来日した1975年のウェールズ初来日ツアーも、ウェールズ側はキャップ対象としていません。

 

という尺度で見ると、IRBの創設メンバー8カ国(という呼び方にもホントはいろいろあるのですが…)の正式な代表チームとの対戦では、1973年に初めてフランス代表と対戦して以来40年、27戦目での初勝利だったのです!


 

……とまあ、こんな調子で記録にまつわる記述を精査して、整理して、デスクといろいろ確認しなければならないため、秩父宮ラグビー場のプレスルームでは、新聞・通信各メディア記者の作業が遅くまで続きました。

僕の作業が終わったのは夜10時。試合終了から6時間以上が過ぎていました……というのも、この歴史的な快挙に、日曜日の『東京中日スポーツ』は終面カラー1ページまるまる使って報じることになったのです。どうぞお楽しみに!

 

ともかく、15日の秩父宮ラグビー場は熱気が充満していました。

開門予定の12時よりもはるか前から長蛇の列ができ、30分早めて11時半にはゲートが開かれました(と聞きました)

そして天気。「曇りのち雨」という予報は、熱心なファンの熱気が吹き飛ばしたのでしょう。朝から強い日差しが照りつけ、気温は急上昇。昨日まで涼しかったからなおさら、この暑さは遠来のウェールズにはコタえたことでしょう。日本の選手たちは、朝、空をみたときからみんなで「よぉーし!」と叫んでいたそうです。


(入場してスタンドを見たときの広瀬主将の嬉しそうな表情!)

秩父宮の観衆は21062人。先週の花園の20152人を上回りました。

「先週、あれだけたくさんの人に来てもらって、それでも勝てなかったけれど、今週もこれだけたくさんのひとに来てもらったから」と言ったのは田中史朗選手です。

 

本当にたくさんのファンに背中を押してもらって、ジャパンは歴史的な勝利をつかんだのだと思います!



花園の試合では2度のPGチャンスを外すなど不調だった五郎丸選手は50m超のロングPGも成功! 「この1週間は、毎日30本くらい居残りでキックを練習しました」その成果で(?)この日は5度のキックすべて成功!



(ウィング選手はゲインに次ぐゲイン。MVP級の活躍でした!)
 

終わってみれば危なげのない勝利だったようにも思えますが、紙一重の局面、我慢合戦を日本がきっちり拾っていったから、この勝利につながったのだと思います。

歴史を作ってくれた選手のみなさん、スタンドを埋めて勢いを作ってくれたファンのみなさん、ありがとうございました。このまま、2019年に向かって突っ走っていきましょう!
 

ここから日本はパシフィックネーションズを再開。

中3日で名古屋・瑞穂のカナダ戦。

そこからまた中3日で秩父宮のアメリカ戦。

「明日から、カナダ戦に向けて練習します」と話したエディーHCは言いました。

「自分のキャリアのためにジャパンをコーチしているわけじゃない。選手がやってくれるだけだ。トップ10の国を破ることができて、幸せだ。自分をこういう立場に導いてくれた選手に感謝している」

 

この歴史的な勝利を、次へつなげていきましょう!

 

【SAKURA基金】

この日の秩父宮には、日本代表選手たちの募金活動から、岩手県の釜石シーウェイブスジュニア、宮古ラグビースクール、福島県のいわきラグビースクール、勿来ラグビースクール、総勢78人の子供たち(他に引率38人)が来場しました。

 

試合前には、小野澤選手ら、メンバー外の日本代表選手から記念Tシャツがプレゼントされました。

 

試合後には、ジャパンの選手たちと記念撮影。

釜石シーウェイブスジュニアの子供たちは、記念撮影後、秩父宮のピッチ一周を思い切り走っていました!

 

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  • プロフィール

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    大友信彦
    (おおとものぶひこ)

    1962年
    宮城県気仙沼市生まれ


    早稲田大学第二文学部卒業。
    1985年からフリーランスのスポーツライターとして『Sports Graphic Number』で活動。
    '87年からは東京中日スポーツのラグビー記事も担当し、ラグビーマガジンなどにも執筆。

    ラグビー専門ウェブマガジンRugbyJapan365スーパーバイザー。

    『再起へのタックル』(洋泉社)
    『ザ・ワールドラグビー』(新潮社)
    『奇跡のラグビーマン 村田亙』(双葉社)
    『釜石ラグビーの挑戦』(水曜社)

    など著書多数。

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